2010年01月18日

10年後の総合医数、「少なくとも医師の3割」(医療介護CBニュース)

 医業経営コンサルタントグループのMMPG(メディカル・マネジメント・プランニング・グループ、東京都中央区)は1月14日、第117回定例研修会を開いた。この中で、国民健康保険中央会の田中一哉理事は、「10年後に必要な総合医数は少なくとも全医師の3割」との検討結果を示した。

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 初めに同グループの佐々木直隆理事が今年度の活動方針を発表した。佐々木氏はまず基本方針として「新しい一歩を」を示し、「日本も含めて世界が大きな転換期を迎えている。『今まで』が通用しない新たな一歩だということと認識している」と述べた。佐々木氏は日本が世界に類を見ない少子高齢社会に突入する中、20年後はアジアやヨーロッパの国々も同様の状況になると指摘し、「日本はある意味でリーダー的な立場にある」と強調。その上で、医療、介護を含めた地域再生化プランのモデルを作ることができれば非常に大きな付加価値になるとした。
 その上で、今年度の活動方針として「医療経済フォーラム・ジャパンや各医療機関などのデータを基にした政策提言を行う」「戦略的情報の提供と種々のデータによる経営の支援、研究会の充実」を掲げた。

 続いて、国民健康保険中央会の田中理事が「総合医体制の整備と推進」をテーマに講演した。
 田中氏は今後の医療の目指すべき方向として「老いることに不安のない社会」「皆保険制度を守る」「医師も国民も納得する医療費削減策を推進する」の3点を掲げた。さらに、これらの実現のために総合医の育成と配置を提案し、日保中央会としての総合医の在り方についての考え方を紹介した。

 それによると、想定する「総合医像」は▽地域住民の身近な医療ニーズに対応している▽他の専門的な医療機関等を適切に紹介している▽地域において疾病予防や健康相談を含めた健康づくりを行っている▽患者や地域住民の生活状況をよく把握している―というもの。その活動は「地域社会の人たちが健康で長生きするためのあらゆる活動を行う」としている。
 医療提供体制は、開業医が原則として総合医の役割を果たす「地域医療を行う診療所」、中小の地域密着型の「地域医療を行う病院」、高度な技術・機器を備えた「専門医療を行う病院」の3つに機能分化を進める。この中で総合医は原則として地域住民の初期診療を担当するとともに、入院が必要な場合はしかるべき病院を紹介し、治療内容や日程を病院の専門医などと共同で作成する。このほか、地域住民の健康づくりや保健指導についても一定の役割を担う。また、育成については「総合医も専門医」と位置づけた上で、2年間の臨床研修後の専門研修に「総合医コース」を盛り込む。10年後に必要な総合医数についての試算結果について、「少なくとも医師の3割」とした。

 このほか、総合医の報酬のあり方について田中氏は、「非常に難しい要素がある」とした上で、「初期医療中心の総合医の報酬と、あらゆる高度機器、施設、機能、コメディカルを擁した専門的な治療の報酬は、別体系で対応すべきと考えている」と述べた。

 続いて、日本医業経営コンサルタント協会の月刊JAHMCの盛宮喜編集長は、MMPGが昨年行った海外研修などを基に、英国でプライマリケアを担当する医師であるGeneral Practitioner(GP)の現状など、家庭医制度について解説した。英国では、医学教育5年に加えて、卒後基礎教育プログラム2年を実施。イングランドでは卒後基礎教育の2年次に4か月間のGP実習を課しているという。また卒後基礎教育後に、スペシャリストとしての訓練プログラムが3年間あり、最後の1年間は指導者の下で自ら診療をするという。
 盛氏は日本の医療政策について、議論が「あまりにも(診療報酬などの)お金に集中しすぎていた」と指摘。また、医療や介護の現場で「教育を組み込むことが医療の質を高める」と主張し、人的投資や教育への投資の必要性を訴えた。

 最後に日本病院会の梶原優常任理事が、「病院再生への途を模索する」をテーマに講演。地域再生のキーワードとして、▽自立・互助・公助▽地域住民が地域医療、地域経済を守る。供給サイドと需要サイドのコラボレーション▽人・もの・金・理念の確立▽知恵と情報化―の4点を提示した。
 梶原氏は地域病院の再生への経営戦略として、小規模な病院でも「一つでもその地域の中で誰にも負けない専門的な科を作ることがポイント」だと指摘。また、急性期医療だけで中小病院が生き残ることは難しいとし、周囲の診療所と連携し、介護、福祉、在宅など複合事業に移行することが必要だと主張。財務基盤を確立するために、少なくとも5年間の事業計画を明示することが重要だとした。また事業計画の明示は、職員に対してもモチベーションの向上などの効果があると指摘した。


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2010年01月13日

米兵、ひき逃げ容疑で逮捕=男性死亡、救護義務怠る−沖縄県警(時事通信)

 沖縄県読谷村で昨年11月、外間政和さん(66)がひき逃げされ死亡した事故で、県警嘉手納署は8日、救護義務を怠ったなどとして、道交法違反(ひき逃げ)容疑で米陸軍トリイ通信施設所属の2等軍曹クライド・アンドリュー・ガン被告(27)=自動車運転過失致死罪で起訴=を逮捕した。 

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2010年01月12日

地方からの発信が魅力 富良野塾OB久保隆徳さん「人の温度が感じられる」(産経新聞)

【閉幕富良野塾】(下)最後の塾生、古賀まどかさん「1期生が開けた重い幕を開けたい」

 3月の閉塾を前に富良野塾(倉本聰塾長)26年の総決算となる舞台「谷は眠っていた」の公演が15日から始まる。第3回は、11期生の俳優、久保隆徳さん(43)と富良野塾最後の塾生となる25期生の古賀まどかさん(26)に話を聞いた。

 −−久保さんも卒塾後、富良野にとどまって活動をされている1人ですね。

 「倉本先生の中央から発信するのではなく、地方から発信するという考え方の影響が大きい。先生の作品に参加していると、僕は世の中を変えるくらいの作品に参加できているな、と感じる。そんな芝居を中央ではなく、地方でつくって、逆に中央に持っていくというのが僕にとって魅力ですね」

 −−倉本作品にひかれている。

 「そうですね。あとは、仲間たちです。同じ釜の飯を食った仲間たちと芝居をやっていけるという点です」

 −−富良野グループのメンバーとしては古株になった。

 「自分が引っ張っていかなければならない立場にいると感じます。閉塾は新しい始まり。40代という年齢も何かを動かすことができる年齢だと思う。新たなスタートを切ることができる年齢だと思う」

 −−「優しい時間」や「北の国から2002遺言」、「風のガーデン」など倉本さんのテレビドラマの常連ですね。

 「最近、ちょくちょく出させていただいています」 

 −−テレビを使って地方から発信しようとは思いませんか。

 「やっぱり芝居と違って、マスメディアというか、テレビの影響力はすごい。僕らでやりたいな、とすごく思っている分野でもあります。札幌に行ったりして、同世代の人たちとつながりをつくり、何かをつくっていきたいなとは思っています」

 −−今はテレビ局でなくてもドラマや映像を発信できる。携帯やネットでドラマが配信される時代ですからね。

 「昔より選択肢が広がっている気はします。ただ、僕ら富良野塾のOBは、いわばアナログ人間。塾でやってきたこと、倉本先生から教わってきたことは人と人とが触れあう生の世界。人の温度が感じられるのが、すごく楽しいんです」

 −−テレビやネットの世界よりも魅力的。

 「それで、これまで、あまりネット映像などの世界に頭がいっていなかった。やっぱり中心となるのは、人と人とが触れあう世界かなと思います」

■久保隆徳(くぼ・たかのり) 昭和41年生まれ。福岡県出身。東京で演劇活動をした後、富良野塾(11期生)に入塾。卒塾後、富良野に残り農業をしながら役者を続ける。富良野を拠点に俳優活動を行い、舞台だけでなく映像にも活躍の場を広げている。

 −−古賀さんは「谷は眠っていた」で描かれている草創期の塾生をどう見ますか。

 「絶対的に違うと思います。私たちの想像の及ばない苦労と熱い思いを持っていたと思う」

 −−最後の塾生となりますね。

 「卒塾が近づいてきて、ようやく25期生なんだということが感じられてきました。果たして最後の塾生として、私たちはふさわしい2年間を過ごしてきたのか。今振り返ると、そう思います」

 −−やり残したことがある。

 「食事当番、掃除当番、農作業に出る人、26年の歴史があって、塾はすべてがうまく回るようになっていた。初期の塾生は収入を得る方法から考え、農家の人に仕事を頼みに行ったんだと思います。私たちはその敷いてもらったレールの上をひたすらに歩いているだけだった。自分たちで何か作り出したものがあったのかな、と感じます」

 −−最終公演「谷は眠っていた」の冒頭には、役者や脚本家を目指して富良野に集まってきた1期生がステージにかかる幕を皆で開ける場面ある。谷が目覚め始める象徴的シーンだと思いますが、25期生が同じステージに立ったら、どうすると思いますか。

 「幕を開けると思います。1期生と25期生では目の前にある幕は違うかもしれません。でも、同じ思いを持って入塾してきたことに変わりはありません。今、初期の塾生の姿を描いた舞台のけいこをしながら、その重い幕を開けなければいけないと感じています」

■古賀まどか(こがまどか)  昭和58年生まれ。福岡県出身。西南学院大学を卒業後、会社員を経て、富良野塾入塾(25期生)。  

■「谷は眠っていた」の公演日程など詳細は、富良野GROUPホームページ

 http://www.furanogroup.jp

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